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Riccar Story: RICCAR復活への想いと軌跡

皆様はじめまして。RICCAR代表の桑原和寛と申します。

この度、私たちは、1948年創業の国産ミシンブランド「RICCAR(リッカー)」を復活させるという大きな挑戦を成し遂げました。これもひとえに、リッカーが誕生した昭和の頃からこれまでの長い期間にかけてRICCARを愛用してくださったファンの皆様、そしてブランド復活に携わってくださった関係者の皆様方のお力添えがあったからこそ強く感じております。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。

今回は、ご覧いただいている皆様にRICCARの歴史や復活までの物語をご紹介させていただければと思いペンを取らせていただきました。ぜひお目通しいただけますと幸いです。

昭和を支えたRICCARの歴史

昭和40年代(1970年代)頃、家庭用ミシンは生活必需品として多くの家庭に普及していました。当時、手頃な価格で既製服を購入できる環境は整っておらず、洋服を手作りするのが一般的だったためです。
この時代、RICCARをはじめとする国産ミシンメーカーは、日本の家庭を支える重要な存在でした。なかでもRICCARは国内トップシェアを誇り、日本三大ミシンメーカーとして地位を確立。テレビドラマや歌番組など多くの提供番組を持ち、1970年の日本万国博覧会ではワコール社と共同でパビリオンを出展するなど、大きな影響力を持つ企業でした。

特に「電子のお針箱」のキャッチコピーで人気を博した「マイティシリーズ(1970年~1984年)」は、人気歌手を起用したテレビCMでも話題となりました。しかし、1980年代以降、既製服が安価に流通するようになると、洋服は「作るもの」から「購入するもの」へと変化し、ミシンの需要が大きく落ち込みます。その結果、RICCARは一時的に市場から姿を消しました。

 

復活への決意

私たちは福岡県北九州市でミシンの販売・修理を専門に行っています。日々の営業を通じ、多くのお客様が長年愛用しているRICCAR製ミシンを修理に持ち込まれる姿を見てきました。その中で、「RICCAR復活を望む声」を多くのお客様からいただきました。斬新なデザインと厚地もしっかりと縫えるパワーを備えた機能性、操作性の良さから生みだされる縫い目の美しさ、そしてなにより丁寧なメンテナンスさえ施せば昭和当時から現代まで現役で使い続けることができる耐久性の高さから、現代においても根強い人気があることを肌で実感しました。

そのような声をたくさん頂き、このままRICCARを昭和の過去のものとして眠らせたままにしてしまうのは非常に惜しいと感じるようになり、またSDGsとして物の価値を見直す動きがあるほか、洋服のリメイクを楽しむハンドメイドブームも再来しているなどの昨今の時代背景を鑑みて、昭和に一時代を築いたRICCARを蘇らせることができれば産業と技術革新の基盤を作る観点からも社会的意義が非常に大きいと感じるようになりました。

そんな思いが日を追うごとに膨らんでいき、RICCAR(リッカー)という日本のミシンブランドを無くしたくない、残していきたい、リッカーの積み上げてきた歴史とブランドをよい形で未来に継承し、ハンドメイド業界・ミシン業界を盛り上げていきたい思いからリッカーブランドの復活へ向けて私たちは立ち上がりました。

復活への道のり

RICCARの復活を目指してプロジェクトを立ち上げたものの、目標を達成するためには多くの困難が待ち受けていました。

商標権の取得

復活に向けた最初に私たちの前に立ちはだかったのは。課題は商標権の問題がRICCARを復活させたいと思ったものの私達の好き勝手にRICCARという名前を使っていいわけではありません。正式な手続きを踏んだうえで昭和から始まったRICCARというブランドを受け継がなければ意味がないと考えていました。

そこで当時RICCARの商標権を有していた企業へコンタクトを取りました。その企業は非常に大きな企業で弊社のような小規模の事業者は門前払いを受けてしまいました。しかし、こんなことであきらめているようではダメだという思いから、根気よくアタックを続けました。最初は話も聞いていただけないような状況でしたが様々な角度からアプローチで熱意を伝え続けていった結果、次第に話を聞いてくださるようになり先述した通り商標権譲渡に関する契約を202112月に締結し、本年220日に譲渡手続きが完了したことでRICCARの復活に向けて大きな一歩を踏み出すことができました。

 

製造ラインの確保

商標権の取得が実現したことでRICCAR復活に向けて大きな一歩を踏み出したもののまだまだ課題は山積みでした。

数ある課題の中でも最も大きな問題がミシンの製造ラインの確保でした。RICCARのミシンの製造を請け負ってくれる工場がなかなか見つかりませんでした。日本国内にもいくつか工場はあるのですがすべて他社のミシンの製造を請け負っているためまたもや門前払いを受けました。海外の工場での製造も検討しましたが新型コロナウイルスの影響により海外へ工場の視察へ行くこともままならず、なかなか前に進むことができずにもどかしい日々が続きました。

そんな時に出会ったのがタナカアンドカンパニー株式会社(以下「タナカ社」という)でした。タナカ社は国外でニードルパンチミシンの製造を行っている企業で、とある知人の紹介で知り合いタナカ社の代表取締役の田中茂樹氏(以下「田中氏」という)とお話をする機会がありました。そこで田中氏に、私達がRICCARを復活させるために活動していること、RICCARを復活させることへの思いを伝えたところ私達の思いに共感してくださって、ニードルパンチミシンの製造にご協力いただけることとなりました。

そこからニードルパンチミシンの開発が始まりました。これまでもニードルパンチミシンは販売されてきましたのでRICCARから販売するニードルパンチミシンは既存のもとは異なる画期的なミシンでなければならないと思い、そこから試行錯誤の日々が始まりました。タナカ社と何度も何度も協議を重ね試作品の製作を繰り返しました。

そしてついに5本針のニードルパンチミシンの開発に成功しました。従来のニードルパンチミシンは7本針が主流でした。というのも生地と生地を糸を使わずにつなぎ合わせる上で使用する針が7本以上なければ強くつなげることが出来なかったためです。使用する針が多ければ生地同士をつなげ合わせる強さは担保できるものの、生地との接地面が大きくなるため細かな作業ができず精巧な作品を作るには不向きな点がありました。しかし、新たに開発したRICCARニードルパンチミシンはミシンの針の強化とミシン内部のモーターの改良によるパワーの増加、パワーの増加に耐えうる耐久性の向上に成功し、7本必要であった針の本数を5本に減らしながらも厚手の生地も縫い付けることが可能となり正に画期的なミシンへと成長を遂げることができました。

 

RICCAR復活第1

これでRICCAR復活第1弾のミシンが完成し、RICCARが表舞台に舞い戻る準備が整いました。RICCAR復活第1弾の舞台として私たちはクラウドファンディングサイト【Makuake(マクアケ)】を活用することを選択しました。

Makuake(マクアケ)】を選択した理由としては私達がこれまでRICCAR復活に向けて行ってきた活動や思いをファンの皆様やたくさんのマクアケユーザーの方に伝えられると感じたからでした。ただ単にRICCARの名前を冠したミシンを販売するだけであればマクアケを活用する必要もありませんでした。私たちはマクアケを通して昭和に生まれたRICCARの歴史や魅力、復活させることの社会的意義を伝えたかったのです。

そして、2024417()629()の期間にかけて【Makuake(マクアケ)】にて先行予約販売という形でRICCARニードルパンチミシンの販売を開始しました。販売を開始するまでは本当に不安しかありませんでした。しかしそんな不安をよそ眼に開始からわずか10日間で目標金額の300%を突破し最終的には931%でプロジェクトが終了し、多くのファンの方々にご支援いただいたことで大盛況でプロジェクトを終えることができました。RICCARプロジェクトを立ち上げてからこれまでの活動が報われたと素直に感じることができた瞬間でした。

 

未来へ向けて

様々な困難を乗り越え、RICCARは復活を遂げることができました。ですが物語はまだまだ始まったばかりです。RICCARニードルパンチミシンを皮切りに今後も様々な製品を開発しリリースしていくことで多くの方々へRICCARの魅力をお伝えし、RICCARのミシンが皆様の生活の一部に溶け込んでいただけることを目標に邁進していく所存でございます。RICCARミシンを通してハンドメイド業界・ミシン業界を盛り上げてまいりますので是非応援していただけますと幸いです。

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